2019.07.07 東京都合唱祭

悩みに悩んだ選曲

 Voces Veritasは毎年東京都合唱祭(以下、合唱祭)に出場しています。例年は新入生歓迎の時期が落ち着いた頃から合唱祭で演奏する曲の練習に取り組みますが、2019年は耕友会総選挙と「作曲家個展シリーズVol.8<信長貴富>」の2つの本番がありました。しかし、どちらも第9回演奏会で演奏した男声合唱とピアノのための『くちびるに歌を』より「くちびるに歌を」と「白い雲」を演奏したため、新しい曲に初めて取り組んだ本番は合唱祭でした。

 団員全員で話し合い、悩み、多くの時間をかけて選曲しました。合唱祭での演奏がその年のVVの音楽の方向性に関わってくるという共通認識があったうえで、2019年は第10回演奏会を控えていることが一番のポイントでした。第10周年という節目の年の演奏会をどういった方向にするのか、どんな音楽を作っていくのか。それを決めるのは容易なことではありませんでした。  

 そんな中で一番多く出た意見が「10年の振り返りと11年目への出発」という方向でした。VVはこの10年で多種多様な音楽に挑戦してきました。男声合唱の定番曲から宗教曲、民謡、そして我々から松下 耕氏に委嘱をして男声合唱とピアノのための『罰と罪』が誕生しました。そんな10年を振り返るも、我々は大学生から構成される合唱団のために4年で卒団してしまう人がほとんであり、もちろん創団当時の団員は今はいません。

「10年の振り返りと11年目への出発」という方針を掲げると、過去にVVが演奏した曲を今のVVで再演したいという気持ちに繋がりました。同じ団体でならば受け継がれた伝統の音楽性もあれば、構成する人が毎年変わるために毎年違った音楽性にもなります。そんな学生合唱団としての音楽性を、魅力として最大限発揮できる楽曲は何か、模索を続けました。

  第4回演奏会で演奏した男声合唱とピアノ(四手)のための『遊星ひとつ』より「バトンタッチのうた」(作曲:三善晃)は男声合唱の中でも名曲中の名曲として知られる曲です。第4回演奏会の動画はこちらです。YouTubeでも再生回数が10万回を超えました。答えのないものを求めさまよい続ける詩は、現代社会を生きる私たちの胸に突き刺さります。この曲を今のVVで演奏したい。そして第74回東京都合唱祭では男声合唱とピアノ(四手)のための『遊星ひとつ』より「バトンタッチのうた」を歌うことが決まりました。指揮は松下 耕、ピアノは織田祥代、水戸見弥子で演奏いたしました。

第74回東京都合唱祭での演奏音源をYouTubeにアップいたしました!ぜひお聴きください。

名曲「バトンタッチのうた」に迫る

男声合唱とピアノ(四手)のための『遊星ひとつ』
作詩:木島始 作曲:三善晃

 『遊星ひとつ』は男声合唱団《甍》の創立30周年を記念して書かれ、1992年に同団によって第31回定期演奏会にて初演されました。(初演:関屋晋)

テーマ
―混沌とした世界と宇宙の片隅で、ひとり、ひとつ

「混迷としたこの世界で、私たちはどう進むのだろうか。」

 これが、この組曲のテーマです。木島始と三善晃はこの問題に直面している人々を、宇宙の片隅で軌道上を進み続ける地球、遊星になぞらえています。この「自分と地球が一体である」という広大な宇宙観も作品の魅力のひとつなのです。

呼びかけの営みー織りなす生の円環ー

 曲中の詩では呼びかけが数多くなされています。『遊星ひとつ』はもはや呼びかけの営みであるといってもいいのかもしれません。答えのない問いを日々問いかけながら生きていく―そんな”営み”がこの混沌とした世界での路標となり宇宙での軌道となっていく。これが組曲の大きな主題です。

 またこの曲ではその”営み”が「描写される」に留まらないのもポイントです。合唱団が歌って実際に呼びかけ「体現される」ことになります。聴衆目線で言い換えると、合唱団がそのように「見せる」のでなく、「見えてしまう」ようになるということです。聴衆も客席で、混沌とした世界に困惑せざるを得なくなる。このような体感が得られるのも、この組曲に多くの聴衆を魅了たらしめる所以なのかもしれません。

競争の世界
―どうしようもない(絶望)

「バトンタッチのうた」では、その混沌とした世界がより具体的に描写されていきます。

 競歩集団の競争世界を前に、そんなの知らない、彼らは回ってるばかりじゃないか、悠々と生きていればいいじゃないかと高をくくるも、その世界から逃れられないことについに絶望します。

 バトンを渡さなきゃ…という強迫感にさいなまれ、追い詰められていくのです。

代わりはあるかい
―どうしようもない(希望)

 呼びかけが始まります。ここから、詩集『遊星ひとつ』のあとがきに掲載されている四つの問いかけが、曲の随所に現れてきます。

友だちおるかい
助けがくるかい
遊星はひとつ
代わりがいるかい
見透しあるかい
(詩集『遊星ひとつ』あとがきより)

 この場面は、先ほど触れた”営み”が具現化されている場面だといえるでしょう。答えのない問いかけを繰り返す様子が垣間見られます。

 そして―逃れられない世界であることに変わりはない。歩き続けるほかない。んだから、バトンを渡せたら嬉しいや―この世界で生きる覚悟をもって「バトンタッチのうた」は終わります。

「バトンタッチのうた」は祈り

「答えがない問いを、自分に問いかけ」生きる覚悟を持って終わる「バトンタッチのうた」。曲中で、人々は変わりようがないこの世界に悲観しながら生きていくことになるのでしょうか。

 作曲された三善晃は、「答えのないまま、問いかけて生きていく」ことは「悲観ではない」といいます。この組曲とは別の機会に寄稿された文章で、三善は次のように述べています。

“ただ確かなことは、一人ひとりが、自分はどのように生きるのかを日々自らに問いかけることによって自分の答えを、あるいは答えが無いことを、確かめてゆくほかないということだろう。
 それは決して悲観ではない。今なお、あるいは今こそ、希望の帆を畳んではいけないのだ。だが、希望するためには、一人ひとりの祈りで世界を満たさなければならないのではないか。この瞬間にも焼かれ渇して死んでゆく人々が絶えないこの地球上で、静かな、しかし湧きやまない愛と勇気によってのみ祈られるはずの祈りで”
(<矛盾>を生き抜く人間――『三つのイメージ』初演にあたって より引用)

 曲中の世界は混沌とした競争世界であることに変わりはありません。では何が変わったか。それは、「希望の帆を畳んではいけない」という決意が芽生えたことに他ならないのです。

 そして、「バトンタッチのうた」の本質とは何か。もしそう問われるのならば、それは「湧きやまぬ愛と勇気」によってのみなされる祈りなのではないでしょうか。

バトンタッチは曲の外でも

「混迷としたこの世界で、私たちはどう進むのだろうか。」

 この世界に生きている限り、私たちはこの問いからは逃れられません。作者の木島も三善ももちろん例外ではありません。

 木島始は詩人だけでなく翻訳作家でもありました。日本語詩人であり翻訳家のアーサー・ビナードは、木島の翻訳活動に影響を受け、日本文学の英訳をライフワークにしたと語っています。また木島は、小林秀雄賞の選考委員として後世の詩人の育成に携わっていました。木島のバトンは、形をかえ多くの文学家に渡っているといえるでしょう。

止まらない!バトンタッチウェーブ

 三善晃のバトンもまた、数々の音楽家が彼に共鳴することでつながっていきます。新実徳英、鈴木輝昭をはじめとした作曲家が彼に師事していることもそうなのですが、特にこの『遊星ひとつ』の初演がもたらした衝撃は、いまなお収まる気配がありません。

 作曲家で知られる信長貴富は、学生のころ合唱団《甍》の初演を聞いて男声合唱曲を書きたいと考えるようになったと語っています。 自身初の男声合唱曲である男声合唱とピアノのための『うたうべき詩』(1999年 第10回朝日作曲賞受賞)はこうした経緯があって作られたといいます。

 また男声合唱とピアノのための組曲『ハレー彗星独白』(1997年 鈴木輝昭作曲)は、三善の『遊星ひとつ』のような曲を作ろうとして出来上がった作品だといわれています。いずれにせよ、1990年代での『遊星ひとつ』発表は他の作曲家が影響を受けるほど、強烈なインパクトがあったといえるのでしょう。

 加えて、信長貴富が木島のテキストを多く取り上げていることも特筆すべきです。このように三善のバトンも脈々と受け継がれているのです。

合唱団もバトンタッチ―再演の嵐―

 合唱団もまた、三善のバトンを受け継ぐ疾走者のひとりです。『遊星ひとつ』の再演は当団を初めとして本当に数多くなされているのです。

〔初演〕
合唱団《甍》
(早稲田大学高等学院グリークラブ,早稲田大学コール・フリューゲル,いらか会合唱団)

〔再演〕
栗友会合唱団,早稲田大学グリークラブ,メンネルコール広友会,合唱団樹の会,同志社グリークラブ,合唱団MIWO,合唱団ある,豊中混声合唱団,慶應義塾ワグネル・ソサイエティー男声合唱団,AZsingers,東京大学音楽部合唱団コールアカデミー,慶應義塾志木高校ワグネル・ソサイエティー男声合唱団ほか

〔全日本合唱コンクール〕
第46回 京都産業大学グリークラブ(金賞 大阪府教育委員会賞)
第49回 大阪府立淀川工業高校グリークラブ(銀賞)
第51回 埼玉県立川越高校音楽部(金賞)
第60回 創価学会しなの合唱団(金賞 日本放送協会賞)
第64回 合唱団お江戸コラリアーず(金賞 文部科学大臣賞)

〔近年の再演〕
北海道大学合唱団(2018),東京工業大学混声合唱団コール・クライネス(2018),なにわコラリアーズ(2019),バトンタッチプロジェクト(第19回東京男声合唱フェスティバルでの企画合唱団),埼玉県立浦和高校グリークラブ(2020)

インターカレッジ男声合唱団Voces Veritas(2014 2019

 

バトンタッチは曲の中だけでなく、このように曲に関わった合唱団、作曲者、作詩者といった外の世界にまで波及していっているのがわかるでしょう。まるで嘘のように、曲の外にまで、音楽が続いているのです。

 この全体美ともいうべき魅力が、今なお私たちを惹きつけてはやまない。

【参考URL】
・インターカレッジ男声合唱団Voces Veritas「松下耕×遊星ひとつ」の魅力(週刊『Vのススメ』座談会『Vのキセキ【第4回演奏会篇】』その1 )令和2年1月24日参
http://voces-veritas.com/archive/v/article/051yusei1.html

【参考文献】
・木島始「詩集『遊星ひとつ』」 (筑摩書房 平成2年6月)
・三善晃「片隅で、んだから宇宙」(『第31回甍演奏会』パンフレット 平成4年7月31日) P.4
・三善晃「生の円環」 (『男声合唱とピアノ(四手)のための遊星ひとつ』 カワイ出版 平成5年3 月)P.1
・アーサー・ビナード 「字から詩へ、詩から師へ」(季刊『銀花』夏号 平成6年)
・津坂治男「人間復権のリズム」(『詩と思想』7月号 平成10年)
・三善晃「〈矛盾〉を生き抜く人間ー『三つのイメージ』初演にあたって」(『北陸中日新聞』 平 成14年9月18日)
・信長貴富 前田勝則 山脇卓也 清水敬一「 続・日本の作曲家シリーズ1『信長貴富』」(『会報ハーモニーNo.168』全日本合唱連盟 平成26年4月10日) P.12

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